東京高等裁判所 昭和47年(う)2070号 判決
被告人 三嶋隆
〔抄 録〕
所論は、原判決は、任意性に疑があり、証拠能力のない被告人の自白を証拠として、判示第一事実を認定する違法をおかしており、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない旨主張し、その理由の要旨は、
(一) 右事実について、被告人が自白した動機は、警察官より被告人に対するポリグラフ検査の結果が黒である旨告げられ、追求説得された結果、自白するに至ったものである。
(二) 鑑定結果報告書(ポリグラフ検査回答書)は刑事訴訟法第三百二十一条第四項の鑑定的性質をおびておらず、又、当該鑑定人は手続的に裁判所の命じた鑑定人ではないから、刑事訴訟法上の鑑定書ではない。
(三) 右鑑定に使った検査機械及び検査方法の科学性に疑問がある。
(四) ポリグラフ検査回答書は、刑事訴訟法第三百二十六条第一項の同意があり、その作成されたときの状況等を考慮した上、相当と認めるときでなければ証拠能力がなく、事実認定の証拠とすることができない。然るに、原審は、被告人側の同意がないのに、之を刑事訴訟法第三百二十一条第四項の書面として取調べ、原判示事実認定の証拠としたのは違法である。
(五) 取調官は被告人の取調に当りポリグラフ検査の結果を前記(一)の通り被告人に告知し、被告人をして機械に黒と出ているのであれば仕方がないと観念させ自白させているのであるが、右の場合、ポリグラフ検査の告知は、被告人に心理的圧迫を与えて自白を強制したものに当り、刑事訴訟法第三百十九条第一項により証拠とすることは許されない。特に、被告人の知能指数(六二)の低さ及び被告人が当時身柄を拘束されていたこと等を考えると被告人のなしたポリグラフ検査の承諾は任意になしたものではなく、その結果なされた自白には任意性がない。
(六) 被告人は、精神薄弱による精神障害者で、自主性に乏しく、他人のいいなりになる者であり、又、犯行当時相当酩酊しており、而も犯行後一年を経過した頃の取調で記憶がなかったのに、取調官に誘導され、そのいいなりになり、犯行を認めたのであるから、本件犯行の自白は誘導によるものであり、任意性がない。
これを要するに、原判決が原判示第一の事実認定に供した関係証拠中、被告人の自白を除いては他にこれを認めるに足る直接の証拠はないところ、右の如き証拠能力のない被告人の自白を事実認定の用に供した原判決には判決に影響を及ぼすべき訴訟手続が法令に違背する瑕疵がある、というにある。
よって、記録を精査して案ずるのに、
所論主張のポリグラフ検査回答書については、なる程、裁判所の命じた鑑定人の鑑定書ではないが、刑事訴訟法第三百二十一条第四項所定の鑑定書に該当するものと解するのが相当であり、所論引用の最高裁判所の判例は、刑事訴訟法第三百二十六条第一項の同意のあったポリグラフ検査結果回答書についての例であって、ポリグラフ検査結果回答書が刑事訴訟法第三百二十一条第四項所定の鑑定書中に含まれることまでも否定したものではない。又、記録中の警視庁技術吏員竹野豊作成の鑑定結果報告について、と題する書面(記録一二三六丁以下)は、原審証人竹野豊の供述(記録五〇丁以下)に照し十分刑事裁判の証拠資料としての適格性を有するものと認めることができるし、所論(五)で主張する被告人のポリグラフ検査承諾書についても、原審第五回公判に於ける被告人の供述(記録一五九丁以下)に徴し、何等瑕疵のある意思表示とは認め難く、その自白動機についても同公判における被告人の供述等に照し被告人の供述の任意性に疑を懐かせる点は見当らない。所論は、被告人は知能低度が低いというが、知能指数六二は最低限度を現わすものと解すべきであり(記録三九七丁=証人大塚敏男の供述)、被告人原審公判廷に於ける裁判官、検察官、弁護人の質問に対する応答を仔細に検討すれば、その時時によって、如何なる答をすべきか、を十分心得て之に応じていること明らかであり、当時の酔の程度も飲酒の際自身の飲酒限度を心得て飲酒量を控え、又、飲酒帰途においても自転車の乗降に差支えが認められず、これによる心神喪失或は心神耗弱の状態にあったものとは思われない。
これを要するに、原判決には何等所論指摘のような非違はなく、各論旨は理由がない。
(八島 吉沢 中村)